理論と理想と現実のあいだで
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― ブッダの教えに学ぶ「知らないこと」の大切さ ―
前回のコラム「見えることと、見えないこと」では、すべてを見えるようにすることよりも、見えない時間の中で子どもたちが安心して育っていること、そして園と家庭の間に「監視」ではなく「信頼」があることの大切さについてお伝えしました。
今回は、そのことをブッダの教えと重ねながら、少し考えてみたいと思います。
ブッダは、私たちの苦しみの原因の一つに、「もっと知りたい」「もっと確かめたい」「思い通りにしたい」という心の執着があると説きました。
※心の執着…心の苦しみになる。なんでも知りたい、知れば知るほど苦しみにつながります。知らなければ、知らない過ぎることも苦しみです。すぎることは、苦しみなのです。
子どものことを大切に思えば思うほど、
「今日はどんな一日だったのだろう」
「ちゃんと過ごせていたかな」
「寂しい思いをしていなかったかな」
と、気になることは尽きません。
それは、子どもを愛しているからこそ生まれる、とても自然な気持ちです。
けれども、すべてを知ろうとすると、かえって心が落ち着かなくなることがあります。
もっと知りたい。
もっと確かめたい。
もっと安心したい。
そう願う気持ちが強くなるほど、不思議と心は休まらなくなってしまうことがあります。
仏教には、「少欲知足(しょうよくちそく)」という教えがあります。
欲を少なくし、今あるものに満足するという意味です。
「もっと、もっと」と求め続けるのではなく、今ここにあるものに目を向けるという教えです。
今日も元気に帰ってきてくれたこと。
「ただいま」と笑顔で言ってくれたこと。
「今日はね」と、ぽつりぽつりと話してくれること。
その小さな姿の中に、十分な安心があることに気づく。
そこに、心の穏やかさがあります。
子どもの育ちは、すべてが目に見えるわけではありません。
友だちにそっと手を差し伸べたこと。
悔しさをこらえて、もう一度やってみたこと。
言葉にならない気持ちと、静かに向き合っていたこと。
そうした大切な時間の多くは、見えないところで、静かに積み重なっています。
そして、それは子育ても同じです。
すべてを知っていなくても大丈夫。
すべてを確認しなくても大丈夫。
見えない時間の中で、子どもたちは今日もたしかに育っています。
ブッダの教えは、特別なことを求めるものではありません。
今ここにある小さな幸せに気づき、そのまま受けとめること。
そこに、心の穏やかさがあります。
子どもを信じること。
先生を信じること。
そして、自分自身の子育てを信じること。
その静かな信頼の中で、子どもたちは安心して育っていきます。
今日も子どもたちは、たくさん笑い、たくさん感じ、たくさん学びながら過ごしています。
そのすべてを知らなくても、
子どもの表情や、何気ないひと言の中に、
今日という一日の豊かな時間が感じられます。
その小さな姿を見て、「今日も元気に過ごせたんだな」と感じられること。
それだけで、十分に安心してよいのだと思います。
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